
ほのと香の三千世界花柚かな 飴山實
この世は今、ほんのりとした香に包まれている。「三千世界」と中七に軽い切れが入って、「そうか、これは柚子の花の香りだ」という気付きになる。三千世界は御仏の見守るこの世のこと。御仏の慈悲のような柚子の香りである。(松)


ほのと香の三千世界花柚かな 飴山實
この世は今、ほんのりとした香に包まれている。「三千世界」と中七に軽い切れが入って、「そうか、これは柚子の花の香りだ」という気付きになる。三千世界は御仏の見守るこの世のこと。御仏の慈悲のような柚子の香りである。(松)

春の夜や籠人ゆかし堂の隅 芭蕉
笈の小文の一句。前書きに「初瀬」とある。初瀬は奈良県桜井町で長谷寺のあるところ。句も長谷寺のひとこまを詠んだものである。
「籠人(こもりど)」は参籠して恋の成就を願う婦人とされるが、限られた十七文字からそこまで読み取ることは難しい。お堂の隅でひっそりと恋の成就を願うひと、春の夜の趣ともあいまって、なにやら心惹かれることよ、という一句である。(松)

雲雀落ちて天日もとの所にあり 村上鬼城
「もとの所にあり」が発見である。「雲雀落ちて空に天日あるばかり」を少しひねった表現であるが、この小さなひねりが文の芸である。「空に天日あるばかり」から「天日もとの所にあり」までは一見近いようで千里の径庭かもしれない。(松)

若鮎の二手になりて上りけり 正岡子規
若鮎が上ったというだけの句。「上り鮎」という季語もあるので、当たり前といえば至極当たり前の一句である。「二手になりて」と描写して、単純な構図がそのまま若鮎の勢いになっている。(松)
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今日の季語_若鮎
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小鮎、鮎の子、稚鮎、上り鮎
【関連季語】
鮎、落鮎
【解説】
海で育った鮎は春になると川を遡る。これが若鮎である。体長は五センチくらい。上り鮎ともいい、清冽な印象がある。
【分類】
晩春・動物
【例句】
| 鮎の子のしら魚送る別哉 | 芭蕉 |
| 挑灯で若鮎を売る光かな | 太祇 |
| 若鮎や谷の小笹も一葉行く | 蕪村 |
| 蓼はまだつばな穂に出て小鮎鮓 | 也有 |
| 若鮎の鰭ふりのぼる朝日かな | 蓼太 |
| 花の散る拍子に急ぐ小鮎哉 | 一茶 |
| わか鮎は西へ落花は東へ | 一茶 |
| よく見れば小鮎走るや水の底 | 吟江 |
| 若鮎や背すじゆるさぬ身のひねり | 井上井月 |
| 若鮎の波打つさまに焼かれたる | 永島靖子 |
| のぼりつめ若鮎ふいに影濃くす | 鎌倉佐弓 |
| 若鮎や生家は水の音ばかり | 高野ムツオ |
| かゞやける瀬波にまぎれ上り鮎 | 森田峠 |
| 若鮎の二タ手になりて上りけり | 正岡子規 |
| 見ればただ水の色なる小鮎哉 | 正岡子規 |
| 若鮎に朝日さばしる杉の山 | 大串章 |
| 若鮎の強火に反りて木曾の宿 | 鷹羽狩行 |
| 水ナ上の神召し給ふ小鮎かな | 尾崎迷堂 |
| 若鮎の光る水さへ胸痛む | 百合山羽公 |
| 若鮎の二手になりて上りけり | 正岡子規 |
| 玉川や小鮎たばしる晒し布 | 正岡子規 |
| 鮎の子や御幸の沙汰も仄かにて | 石井露月 |
| 若鮎の花の姿を田楽に | 長谷川櫂 |

海女とても陸こそよけれ桃の花 高浜虚子
「こそ」「けれ」の係り結びの俳句である。「陸(くが)」を強く印象付けようという係り結び、海女が桃の咲くかたわらを歩いているようにもとれるが、注釈に「外海に海女の作業を見る。」とあるから、海女のいるところは海の中か舟の上ということになる。虚子も舟の中で見ているとすれば、季語の「桃の花」は推敲の過程で選ばれたものかもしれない。(松)
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今日の季語_桃の花
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白桃、緋桃、源平桃、桃畑、桃林、桃園、桃見、桃の村、桃の宿
【関連季語】
桃
【解説】
桃は、桜に少し遅れて淡紅色の花を咲かせる。実を収穫するための花であり、その華やかさとは別に、生活に根ざしている花ということができる。
【分類】
晩春・植物
【例句】
| 煩へば餅をも喰はず桃の花 | 芭蕉 |
| 船足も休む時あり浜の桃 | 芭蕉 |
| 桜より桃にしたしき小家かな | 蕪村 |
| 喰うて寝て牛にならばや桃の花 | 蕪村 |
| 商人(あきんど)を吼る犬ありもゝの花 | 蕪村 |
| 家中衆にさむしろ振ふもゝの宿 | 蕪村 |
| 桃の木へ雀吐き出す鬼瓦 | 鬼貫 |
| 鯛を切る鈍き刃ものや桃の宿 | 几董 |
| 戸の開てあれど留守なり桃の宿 | 千代女 |
| 桃咲くやおくれ年始のとまり客 | 一茶 |
| 不相応の娘もちけり桃の花 | 一茶 |
| 海女とても陸こそよけれ桃の花 | 高浜虚子 |
| 荷車に娘載せけり桃の花 | 正岡子規 |
| 桃の花をのこのやうに育てし子 | 渡辺文雄 |
| 一ト畑は嫗のほまち桃の花 | 飴山實 |
| 潺々と水来て去りぬ桃の花 | 飴山實 |
| 膝で折り魚龍にさし込む桃の花 | 飴山實 |
| 桶の水ぴんと張られて桃の花 | 伊藤敬子 |
| 傷舐めて母は全能桃の花 | 茨木和生 |
| 桃咲くやいまだに流行る漢方医 | 夏目漱石 |
| 硝子戸の奥に母ゐる桃の花 | 鎌倉佐弓 |
| ふだん着でふだんの心桃の花 | 細見綾子 |
| まいにちを少し寝不足桃の花 | 細川加賀 |
| ひとつ知りひとつ忘れて桃の花 | 山本しほ |
| もの言うて歯が美しや桃の花 | 森澄雄 |
| まつさきに開きたる窓桃の花 | 仙田洋子 |
| 桃咲いて五右衛門風呂の湯気濛々 | 川崎展宏 |
| 点滴注射明日より減るよ桃の花 | 相馬遷子 |
| 嘗て住み今旅人よ桃の花 | 太田土男 |
| 土砂降りとなりたる国栖の緋桃かな | 大峯あきら |
| 両眼なき達磨のゆとり桃の花 | 大木あまり |
| 交りは母系に厚し桃の花 | 中戸川朝人 |
| 五百年前は戦国桃の花 | 野木藤子 |
| おむすびの芯つめたくて桃の花 | 中田剛 |
| きのふけふ歩いて桃の花ざかり | 長谷川双魚 |
| 遊びゐるうちに日が暮れ桃の花 | 長谷川櫂 |
| 山碧し花桃風を染むばかり | 飯田龍太 |
| 桃の花菜の花挿せば唱ひだす | 野澤節子 |
| アルプスの濡れ身かがやく桃の花 | 矢島渚男 |
| 長き枝のすぐに盛りや桃の花 | 藺草慶子 |
| 保険屋が来て死の話桃の花 | 北側松太 |
| くちなはは小屋に逃げこみ桃の花 | 岩井善子 |

菜の花や月は東に日は西に 蕪村
一つの空に月と太陽があり、「日永」という季語を感じさせる一句である。「日永」を即物的にとらえた結果が「月は東に日は西に」である。それに季語である「菜の花」をそえて、一句に仕立てたもの、前回取り上げた「その辺の草を歩いて啄木忌」に通じるものがある。(松)
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今日の季語_菜の花
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花菜、菜種の花、油菜
【関連季語】
菜種蒔く、花菜漬 、菜種梅雨
【解説】
春、菜種畑で一面の黄色い花を咲かせる。菜種油を採るために栽培されるが、葉や茎は食用にもなる。
【分類】
晩春・植物
【例句】
| 菜畠に花見顔なる雀哉 | 芭蕉 |
| 菜の花や月は東に日は西に | 蕪村 |
| なの花の中に城あり郡山 | 許六 |
| 菜の花やかすみの裾に少しづつ | 一茶 |
| 菜の花や淀も桂も忘れ水 | 言水 |
| 菜の花やはつとあかるき町はづれ | 正岡子規 |
| 菜の花や西の遥かにぽるとがる | 有馬朗人 |
| 花菜雨能登はなゝめに松さゝり | 飴山實 |
| 菜の花の失せし近江をまのあたり | 飴山實 |
| 菜の花の中へ大きな入日かな | 夏目漱石 |
| 菜の花の中に小川のうねりかな | 夏目漱石 |
| 菜の花に汐さし上がる小川かな | 河東碧梧桐 |
| 菜の花の中や大きな水たまり | 岸本尚毅 |
| 菜の花に日月淡し師の歿後 | 桂信子 |
| 主に祈る花菜あかるき中に臥し | 古賀まり子 |
| いちめんの菜の花といふ明るさよ | 行方克巳 |
| 菜の花にねり塀長き御寺かな | 高浜虚子 |
| 一本づつ涼しいやうな花菜かな | 細見綾子 |
| 菜の花のおぼろが空につゞくなり | 細見綾子 |
| 菜の花に昔ながらの近江富士 | 山口波津女 |
| 菜の花や児を抱き上げて父若く | 山田歌子 |
| 人麿も来し菜の花の岬かな | 山本洋子 |
| 菜の花の明りの中に水車小屋 | 小寺敬子 |
| 旅に狎れて酔へば菜の花明りかな | 小林康治 |
| 菜の花の月夜の風のなつかしき | 松本たかし |
| 菜の花は濃く土佐人の血は熱く | 松本たかし |
| 菜の花や浦に三十三観音 | 松本梓 |
| 菜の花の花も莟もちらし酢 | 植田房子 |
| 菜の花の莟に出汁を含ません | 神蛇広 |
| サヨナラがバンザイになる花菜道 | 正木ゆう子 |
| 息せるや菜の花明り片頬に | 西東三鬼 |
| つぎつぎに菜の花売つて桶の空 | 斉藤夏風 |
| 菜の花の夜明け月に馬上かな | 村上鬼城 |
| 菜の花を包みて莚雪まみれ | 長谷川櫂 |
| 菜の花にからまる絲は我の絲 | 田中裕明 |
| 菜の花や一夜泊りの安房の国 | 渡辺文雄 |
| 菜の花といふ平凡を愛しけり | 富安風生 |
| 家々や菜の花色の燈をともし | 木下夕爾 |

その辺の草を歩いて啄木忌 大峯あきら
「草を歩いて」は季語の「踏青」を思わせる。つまり、「踏青」という季語を即物的に描写することで、季語としての主張をやわらげ、そこに新たな季語「啄木忌」を取り合わせたという一句。「その辺」というあいまいさが味わい深い。(松)
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今日の季語_啄木忌
【解説】
四月十三日の石川啄木の忌日。明治十九年、岩手県にに生まれる。「明星」の詩人として登場したが、小説家を目指して職を転々とする。明治四十三年に三行書きの歌集「一握の砂」を出した。明治四十五年、二十六歳で没した。
【分類】
晩春・行事
【例句】
| 啄木忌いくたび職をかへてもや | 安住敦 |
| ある年の花遅かりき啄木忌 | 久保田万太郎 |
| ひところのわれをかへりみ啄木忌 | 桂信子 |
| あ・あ・あ・とレコードとまる啄木忌 | 高柳重信 |
| 戦経て傷みし身なり啄木忌 | 村山古郷 |
| その辺の草を歩いて啄木忌 | 大峯あきら |
| 物書くは巣籠るに似て啄木忌 | 鷹羽狩行 |
| あふらるる辛夷の花や啄木忌 | 長谷川櫂 |
| あくびしていでし泪や啄木忌 | 木下夕爾 |
| いつ消えしわが手のたばこ啄木忌 | 木下夕爾 |
| なりはひの下駄の片減り啄木忌 | 鈴木真砂女 |
| みちのくはおぼろなるべし啄木忌 | 飯田龍太 |
| うつうつと夜汽車にありぬ啄木忌 | 藤田湘子 |
| ほどほどに飲む事覚え啄木忌 | 河口夏実 |
| 海に来て星のただなか啄木忌 | 武田百合 |

囀の一羽なれどもよくひびき 深見けん二
逆接の俳句である。逆接は期待した結果を裏切るというもの。この句の場合は、「一羽ゆえに静かな囀」が期待した結果、それを裏切って「よくひびき」と驚きを表す。軽い意外性が味わい深い。
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今日の季語_鶯
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黄鶯、匂鳥、歌よみ鳥、経よみ鳥、花見鳥、春告鳥、初音、鶯の谷渡り、流鶯、人来鳥
【関連季語】
笹鳴、老鶯
【解説】
春を告げる鳥である。古くからその声を愛でられ詩歌に詠まれてきた。夏の時鳥、秋の雁と並んでその初音がたたえられる。
【分類】
三春・動物
【例句】
| 鶯や柳のうしろ藪の前 | 芭蕉 |
| 鶯や餅に糞する縁のさき | 芭蕉 |
| 鶯を魂にねむるか矯柳(たうやなぎ)– | 芭蕉 |
| 鶯の声や竹よりこぼれ出る | 才磨 |
| 鶯や下駄の歯につく小田の土 | 凡兆 |
| 鶯のあちこちとするや小家がち | 蕪村 |
| 鶯の声遠き日も暮にけり | 蕪村 |
| 鶯のそそうがましき初音哉 | 蕪村 |
| 鶯を雀かと見しそれも春 | 蕪村 |
| 鶯や賢過たる軒のむめ | 蕪村 |
| 鶯の日枝をうしろに高音哉 | 蕪村 |
| 鶯や家内揃うて飯時分 | 蕪村 |
| 鶯や茨くゞりて高うとぶ | 蕪村 |
| 鶯の啼やちいさき口明て | 蕪村 |
| どこでやらで鶯なきぬ昼の月 | 士朗 |
| 鶯の静かに啼くや朝の雨 | 成美 |
| 鶯やとのより先へ朝御飯 | 一茶 |
| 鶯やくらまを下る小でうちん | 一茶 |
| 鶯や朝寝を起す人もなし | 正岡子規 |
| 鶯や畠つづきの寺の庭 | 正岡子規 |
| 鶯の覚束なくも初音哉 | 正岡子規 |
| 鴬や洞然として昼霞 | 高濱虚子 |
| 切株に鴬とまる二月かな | 原石鼎 |
| 鴬や茜さしたる雑木山 | 芥川龍之介 |
| すさまじく鶯啼いて大広間 | 久米正雄 |
| 鴬につもらぬ雪のふりにけり | 久保田万太郎 |
| 鴬の聲を眞似をるこどもかな | 佐々木六戈 |
| うぐひすを放つやしばし竹の秋 | 三好達治 |
| 鴬の来てあけぼのの庭に胸赤し | 水原秋櫻子 |
| 鴬のこゑ前方に後円に | 鷹羽狩行 |
| 今ひとたび鶯をきき別れけり | 長谷川かな女 |
| 乱鶯のこゑ谷に満つ雨の日も | 飯田蛇笏 |
| 鴬のすぐ去るはこゑ羞らふや | 野澤節子 |
| 畦塗りつつタ鶯を聞く貌か | 飴山實 |
| 囀の一羽なれどもよくひびき | 深見けん二 |
| 鶯や一つ大きく明らかに | 長谷川櫂 |
| おのづから聞ゆるものに初音かな | 長谷川櫂 |
| 天地の間に一つの初音かな | 長谷川櫂 |

足踏みの好きな仔馬でありにけり 石田郷子
春に生まれた仔馬である。馬は前年の春に受胎し、約一年間かけて出産する。生まれてすぐに立ち上がり歩きまわるようになる。
句は、何のけれんみもなく、仔馬を足踏みだけで捉えている。「足踏みをしている仔馬」では当たり前、「好きな」という一語が句に躍動感を与えている。
何々の好きな仔猫でありにけり
何々の好きな蛙でありにけり
何々の好きな小鳥でありにけり
何々の好きな椿でありにけり
何々の好きな蜻蛉でありにけり
などなど、いろいろ応用できそうである。(松)

春愁や二本の腕のありどころ 小川軽舟
「ありどころ」と締めて、判断を読み手に預けている。「春愁」という季語から判断すれば、二本の腕がままならない、ということだろうか。横になって手枕でもしているのだろう。腕の位置がなかなか定まらないうたた寝である。(松)
では、判断を読み手に預けている句をいくつか。
稲雀茶の木畠や逃げどころ 芭蕉
凧きのふの空のありどころ 蕪村
暑き夜やいづくを足の置きどころ 尚白
凩や東京の日のありどころ 芥川龍之介
芭蕉高し雁列に日のありどころ 原石鼎
持ちいでし七夕竹の立てどころ 高橋淡路女
秋深き石の小臼のおきどころ 中川宋淵
さみしさの昼寝の腕の置きどころ 上村占魚
白々と立夏の月の在りどころ 高木晴子
大いなる涅槃の月のありどころ 岩井善子
ものがなかなか定まらない、という句が多い。