カテゴリーアーカイブ: 一句鑑賞
法師蝉煮炊といふもふたりきり 富安風生
遠くまで行く秋風とすこし行く 矢島渚男
石にのり秋の蜥蜴となりにけり 飴山實
一度だけの妻の世終る露の中 能村登四郎
天の川黄河に覆ひかむさりぬ 下村梅子
こほろぎや眼を見はれども闇は闇 鈴木真砂女
まいまい句会感想②
蜘蛛の巣や日本に空き家増えてゆく 森本哲雄
空家が増えてあちこち蜘蛛の巣だらけになってしまいました、と言う事ですがこれでは何が何してなんとやらと報告してるだけ。また空家と季語の「蜘蛛の巣」の因果関係もよくありません。季語はこのように使うものではなく句の世界を大きく広げるように。例えば「炎帝や」とか「片蔭」などの天文の季語「夾竹桃」「百日紅」などの植物色々考えご自分の表現したいものを突き止めるまで、推敲するのが俳句です。その中で「空家増えてゆく」が俳句として面白いかどうか。季語をかえても句の内容が良くなければその俳句は捨てるべきです。
ボタ山を眺めて走る冷房車 森本哲雄
この句もボタ山の暑さと冷房車を取り合わせていますが、季語が全く働いていないようです。
暑さ言ふ隣家の戸口回覧板 政己
この句も全部言ってしまいました。読み手は「ああそうでね」で終わってしまいます。「暑さ言ふ隣の戸口」なんとも当たり前です。
ガリガリ君黄色い服を着てござる ばふき
意味不明です。
散らし寿司食器入れには桶が邪魔 ばふき
確かにその通りですが、それがどうしたという感じです。
立秋や風が強くて土埃 ばふき
俳句は愛でる事が大切。
滝道に止まれば風の迎へ来る 文夫
狛犬の押し黙りたる酷暑かな 文夫
二つとも出来ているのですが、もう一歩踏み込みが欲しい所です。
(律)
まいまい句会感想①
盆舟のすぐに流れぬ未練かな かまか
「未練かな」に工夫を。ふだん使う言葉でも「未練」には良いイメージがありません。これは言葉へのセンスの問題。ましてや俳句は作品にして人様に読んでいただくもの。「惜しみつつ精霊舟の流れゆく」
砂浜に続く足跡夏の果 ひろし
映画のワンシーンのような感じですが、「夏の果」ですといかにも夏が終わったと報告をしている感じがあります。「砂浜に続く足跡今朝の秋」
湧水に桃を冷やせり無人店 ひろし
よく目にする風景ですが「無人店」が余計です。以前何度もこのコーナーで書きましたが俳句は全て言い尽くして良いものでもありません。日本画のように余白をたっぷり持たせる事が大切。その余白が読み手の想像を掻きたて、句の余韻にもつながってきます。
(律)








