人間讃歌自然讃歌の俳句にあって、「雪を汚す」というのはいわば負の表現、俳句の格を貶めかねない「汚す」であるが、この句に関しては、むしろ生き生きとした「汚す」である。「雪の下から摘みにけり」を一歩進めた表現が「雪を汚して摘みにけり」である。(m、2014年3月のまいまい句会より)
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一句を読み解く 178

曙や白魚白きこと一寸 芭蕉
白魚は文字通り白い魚、したがって白魚を詠むのに「白い」といってはいけないのが俳句の常識である。「白い雪」とか「赤い薔薇」などと当たり前のことを述べてはいけないと教わったのに、芭蕉はそんなことにお構いなく「白魚しろきこと一寸」と詠んでいる。「白き」も常識なら「一寸」という大きさも常識。それでは、この句は悪い句かといえば、芭蕉の代表句のひとつとされるからややこしい。もしかしたら悪い見本となる句かもしれないが、夜明けの光に浮かび上がった「白魚白きこと一寸」が生き生きとしていることも事実、俳句に禁じ手はないというのが、この白魚の句から学ぶことかもしれない。(m)
一句を読み解く177

紅梅に結ばれてゆく雨の糸
米元ひとみ
「紅梅に」の「に」が難しい。紅梅によって結ばれる雨の糸、と解したらいいだろうか。雨が結ばれることはないので、「結ばれるごと」と直喩にするのが無難なのだろうが、それでは、勢いが失われる。「結ばれてゆく」と言い切ることで、紅梅もまた雨の糸も美しい飾り物のような印象を与えてくれる。(大呂5号より、m)
一句を読み解く176
一句を読み解く175

手焙や香商うて二百年 飛岡光枝
伽羅、沈香、白檀などの香木をあきなう老舗である。人は二百年の間に幾度も代替わりするが、人の手を温めてくれる小さな手あぶりは二百年変わることなく、人のかたわらに寄り添う。「ご苦労なことです」と手あぶりに語りかけるような一句である。(m)
一句を読み解く174

大阪の遊びはじめや宵戎 長谷川櫂
新年初の戎祭は一月十日に行われる。戎様に家内安全、商売繁盛を祈願する祭りである。 句はその一日前の宵戎を詠んでいる。「大阪の遊びはじめ」は、大阪にいての遊びはじめとも読めるが、大阪そのものが遊んでいるようにも読める。まことに生き生きとした宵戎である。(m)
一句を読み解く173
裏白を剪り山中に音を足す 飴山實
「裏白」は新年の飾り物、歯朶のことである。葉裏が白いので裏白と呼ばれ、めでたい夫婦の共白髪に見立てられる。句は「音を足す」という即物的な表現が見事、「鋏の音が響く」などは悠長な表現というところ。「裏白」は新年の季語であるが、「裏白を剪り」が年用意の暮の季語になる。(m)
一句を読み解く172
一句を読み解く171
「血のつきし鼻紙」までが客観である。客観のまま句をを終わらせるには、「血のつきし鼻紙捨つる枯野かな」くらいであろうか。ところが、許六は、あろうことか「鼻紙さむき」と自らの感覚、つまり主観を添えて一句とした。客観写生が俳句の真髄と考える先生なら即座に「鼻紙寒き」に異を唱えるのであろうが、この「鼻紙寒き」に味わいがあるところがまた問題である。「鼻紙寒き」といっているが別に鼻紙が寒がっているわけではない。寒いのは鼻をかんだ当事者で、その洟に血が混じっていたことに軽いショックを受けての寒さである。血のつきし鼻紙に己の寒さを託したいわば表現の高等戦術とも受け取れる俳句である。「鼻紙捨つる」も俳句なら、「鼻紙寒き」もまた俳句なのである。(m)





