一句を読み解く106

水底を見て来た顔の小鴨かな 丈草
「見て来た顔」と断定しているが、「見て来たような顔をしている」が妥当な解釈である。妥当な解釈どおりに詠めば「水底を見て来たやうな小鴨かな」となるが、「顔」という一字が消えると途端に句はつまらなくなる。「とぼけたような鴨の顔」、それがこの句のエッセンスであろうか。(松)


水底を見て来た顔の小鴨かな 丈草
「見て来た顔」と断定しているが、「見て来たような顔をしている」が妥当な解釈である。妥当な解釈どおりに詠めば「水底を見て来たやうな小鴨かな」となるが、「顔」という一字が消えると途端に句はつまらなくなる。「とぼけたような鴨の顔」、それがこの句のエッセンスであろうか。(松)