一句を読み解く15

村中が見えて墓山あたたかし ながさく清江
句をじっと見ていると最初見えなかったものが見えてくるようになる。作者が意識するしないにかかわらず、そこに置かれた十七文字が勝手に映し出す景である。十七文字の器に収まりきらない作者の思いといってもいい。逆に、作者の思いがこの十七文字の器にしっかり収まっているようでは、凡庸な句ということ、芭蕉の「謂ひ応せて何かある(去来抄)」という戒めもこのあたりに関わっているのかもしれない。
冒頭の「墓山の句」から私たちはさらに何を見ることができるだろうか。
「村中が見えて」だから、ずいぶん高いところにある墓所までのぼってきたことになる。少し汗ばんでいるのだろう。見晴らしもいいから、心地よい風もきている。右手に閼伽桶、左手にお供えの花、そう、彼岸参りの句といってもいいであろう。「墓山あたたかし」で信心の篤さもうかがえる。(kinuta)
