一句を読み解く14

山あひを流れてゆきし春の川 今井杏太郎
ただごとである。「秋の川」でも「夏の川」でも「冬の川」でも「あらたまの川」でも差し支えなさそうな一句だが、ただごとであるということが「春の川」の長閑な感じと合っているといえば、まあそういうことでもあろうか。とまれ、このただごとに耐えられるのが作句の力かということかもしれない。ただごとの中からときに珠玉の一句が生まれることもあるのだ。
それでは、同じ作者の味わい深いただごとをいくつか。(kinuta)
春寒や豆腐のやうなものを食べ
夕空に晴れ間の見えし雨水かな
にはとりのすこし飛んだる春の暮
舷に鴉が降りて暖かし
あたたかや海に浮んで海の鳥
花冷やにぎれば拳ひらけば手
畦道を歩いて春の日が暮れぬ
雲を見てをり春の雲ばかりかな
妻の肩へのりたるやうに春の月
足のむくままに歩きて朧なり
あと戻りして春風に吹かれゐる
陽炎や曲つて見ゆる葡萄の木
約束もなく佐保姫に逢ひにゆく
春の野に妻と居ることふしぎなり
春の野の水とろとろと沼に入る
人のゐるところに春の水たまり
春泥の水の乾きしひとところ
雪解けの大きな山を見てをりぬ
花守のなにかを言うて帰りけり
松風に吹かれて来たる雀の子
不忍の池より春の蚊の来たる
