辛夷が咲くころは寒さが戻ってくる頃でもある。(m)「季語 辛夷(春)」
花辛夷空青きまま冷えてきし 長谷川櫂
空冷えて来し夕風の辛夷かな 草間時彦
辛夷が咲くころは寒さが戻ってくる頃でもある。(m)「季語 辛夷(春)」
花辛夷空青きまま冷えてきし 長谷川櫂
空冷えて来し夕風の辛夷かな 草間時彦
秋の「夜長」に対応する季語が春夏冬にそれぞれある。春は「日永」、夏は「短夜(みじかよ)」、冬は「日短か」という季語がそれである。
秋と春の季語には「長(永)い」が付き、夏と冬には「短かい」という言葉がつく。「長」がゆったりした感じならば、「短」はあわただしい感じということになるだろう。春と秋の比較的過ごしやすい季節はゆったりと長く、夏冬のやや過酷な季節は、追い立てられるように短くという感覚なのかもしれない。
秋の季語である「夜長」、夜を楽しむようにゆったりと、これがこの季語の本意であろうか。「夜長」をネガティブに捉えて、苦しく長い夜という詠み方ももちろんある。
では、ゆったりとした長き夜の句をいくつか。
うきぐもの雨こぼし去る夜長かな 久保田万太郎
それぞれの部屋にこもりて夜長かな 片山由美子
にせものときまりし壷の夜長かな 木下夕爾
ふりむいておのが夜長の影の壁 長谷川素逝
妻がゐて夜長を言へりさう思ふ 森澄雉
漁火の北に片寄る夜長かな 鈴木真砂女
筆硯の夜長き水を足しにけり 細川加賀
長き夜や障子の外をともし行く 正岡子規
もともとは草木が冬になって葉を落とし、その精気が地中深くもぐることを意味する季語であった。それが、人の生活に転化され、寒風や雪によって活動の自由を奪われた人が家に閉じこもることを意味する季語になった。例句をみても、草木の冬籠を詠んでいる句は見当たらない。外部との接触が少ないながらも、そこに静かな喜びを見出しているような句が面白いだろうか。芭蕉の「折々に」の句や松本たかし の「夢に舞ふ」などの句は、その意にかなっている句といえよう。いずれにしても、春を待つ心がこの季語の本意である。(m)
冬籠りまたよりそはん此の柱 芭蕉
金屏の松の古さよ冬籠り 芭蕉
折々に伊吹をみては冬ごもり 芭蕉
鼠にもやがてなじまん冬籠 其角
此の里は山を四面や冬籠り 支考
新しき茶袋ひとつ冬籠 荷兮
冬ごもり籠り兼ねたる日ぞ多き 白雄
薪をわるいもうと一人冬籠 正岡子規
夢に舞ふ能美しや冬籠 松本たかし
けものよりけものめきてや冬籠る長井亜紀
古本は昭和の匂ひ冬籠 赤林有子
「目覚めてけふのくらしあり」は誰にでもある当たり前のこと、当たり前のことではあるが、誰もが述懐できることではない。「けふのくらしに」日々、新たな心構えがあってこその述懐である。新しい朝を迎えた喜びが風鈴の音色に象徴されている。
——-
*
風鈴売
【解説】
涼やかな音を得るための小さな吊鐘のこと。なかに風鈴を鳴らす舌がある。その舌に短冊を吊って風を受けやすくする。鉄やガラス、陶器、貝などで作ったものがある。鉄は南部風鈴、ガラスは江戸風鈴が有名。
【分類】
三夏・生活
【例句】
病室の竹の風鈴鳴りにけり | 今井杏太郎 |
秋近き風鈴となりねむられぬ | 三橋鷹女 |
過敏なる風鈴ありて夫婦の夜 | 鷹羽狩行 |
風鈴にとりとめもなき思ひかな | 西村和子 |
風鈴に何処へも行かず暮しけり | 高橋淡路女 |
風鈴に夜の雨粒のつきそめし | 藺草慶子 |
風鈴に白波寄せてゐたりけり | 大串章 |
風鈴に風のすぐ来る路地暮し | 菖蒲あや |
風鈴のそれからそれと鳴ることよ | 上村占魚 |
風鈴のふたつながらの音なりぬ | 細川加賀 |
風鈴の一つ買はれて音淋し | 島村元 |
風鈴の舌をおさへてはづしけり | 川崎展宏 |
風鈴は北上川の風に吊れ | 大峯あきら |
風鈴やとかく話の横にそれ | 鈴木真砂女 |
風鈴やめつむりておもふひととの距離 | 加藤楸邨 |
風鈴に荒ぶる神ののりうつり | 飴山實 |
風鈴や天駆け巡りくる風に | 長谷川櫂 |
見て飽かず風鈴づくりてふものは | 清水芳朗 |
禅寺の夜の風鈴鳴りにけり | 北側松太 |
吊ればすぐ鳴る風鈴のうれしさよ | 岩井善子 |
幾千も駅の風鈴にぎやかに | 村上いとこ |
【一句鑑賞】
明易や吹き寄せられし島一つ 長谷川櫂
その辺にある島が、風に吹かれてきたという句。島が「吹き寄せられる」わけはないので、「吹き寄せられてきたような島一つ」ということになる。
この句で大切なことは、「明易」という季語に添って「海」があるということ。朝日に輝く海、朝のしじまに響く波の音、明易という季語には、水辺や海がよく働くのである。
*
明易し、明やす、明早し、明急ぐ
【関連季語】
短夜
【解説】
夜の明けるのが早いことをいう。春分をさかいに昼の時間が長くなり、夏至にもっとも長くなる。
【分類】
三夏・時候
【例句】
すぐ来いといふ子規の夢明易き | 高浜虚子 |
みづうみをわたる雨あり明易し | 中田剛 |
カーテンの太しく垂れて明易き | 星野立子 |
ユダヤ人ばかりの町の明易き | 久保田万太郎 |
人の世の歳月もまた明易し | 下村梅子 |
天王寺さんは大寺明易し | 阿波野青畝 |
旅仕度とゝのへあれば明易き | 上村占魚 |
明易き人の出入や麻暖簾 | 前田普羅 |
明易き水に大魚の行き来かな | 芥川龍之介 |
明易き絶滅鳥類図鑑かな | 矢島渚男 |
明易し杉の木立のすくとあり | 阿部みどり女 |
明易し看取女おのが髪を梳く | 森田峠 |
明易の湯に荒々と山の雨 | 辻桃子 |
明易やしてやりたかりしことばかり | 成瀬桜桃子 |
明易や一里ひがしに老ノ坂 | 大峯あきら |
明易や愛憎いづれ罪深き | 西村和子 |
明易や花鳥諷詠南無阿彌陀 | 高浜虚子 |
東京の病院に一夜明易し | 阿部みどり女 |
足洗ふてつい明け易き丸寝かな | 芭蕉 |
象潟や苫屋の土座も明やすし | 曾良 |
明け易き夜やすり鉢のたまり水 | 梅室 |
月朧、淡月
【関連季語】
朧、春の月
【解説】
春の朧夜に出る月をいう。ぼんやりとして輪郭のあいまいな月である。
【分類】
三春・天文
【例句】
猫の恋やむとき閨の朧月 | 芭蕉 |
花の顔に晴れうてしてや朧月 | 芭蕉 |
今更に土のくろさやおぼろ月 | 来山 |
たのしさよ闇のあげくの朧月 | 去来 |
朧月一足づつもわかれかな | 去来 |
手をはなつ中に落ちけり朧月 | 去来 |
海棠の花のうつゝやおぼろ月 | 其角 |
夕風に何吹きあげて朧月 | 北枝 |
呼にやる人も戻らずおぼろ月 | 北枝 |
あれ是を集めて春はおぼろ也 | 支考 |
大原や蝶の出て舞ふ朧月 | 丈草 |
川下に網うつ音や朧月 | 太祇 |
物音は人にありけりおぼろ月 | 太祇 |
月更て朧の底の野風哉 | 太祇 |
すみの江に高き櫓やおぼろ月 | 太祇 |
我影や心もとなき朧月 | 召波 |
更てきく鍛冶の夜なべや朧月 | 也有 |
山寺の鐘もうならずおぼろ月 | 也有 |
池水に蛙の波やおぼろ月 | 也有 |
三日月のしばらくながら朧かな | 也有 |
障子には夜明のいろや朧月 | 也有 |
から臼に梅の散夜やおぼろ月 | 也有 |
朧月味噌煮る町の匂ひかな | 也有 |
二夜とは斯てもあらじ朧月 | 也有 |
鹿もよく寝て朧なり奈良の月 | 蓼太 |
つくづくと何おもふ竹の月おぼろ | 暁台 |
築地より風匂ひけり朧月 | 闌更 |
朧月やなぎの枝をはなれたり | 成美 |
銭嗅き人にあふ夜やおぼろなり | 成美 |
草臥て物乞ふ宿やおぼろ月 | 蕪村 |
手枕に身を愛す也おぼろ月 | 蕪村 |
瀟湘の雁のなみだやおぼろ月 | 蕪村 |
女倶して内裏拜まんおぼろ月 | 蕪村 |
藥盜む女やは有おぼろ月 | 蕪村 |
よき人を宿す小家や朧月 | 蕪村 |
おぼろ月蛙に濁る水や空 | 蕪村 |
段々に朧の月よこもり堂 | 一茶 |
朧月夜はあつけなくなりにけり | 一茶 |
山水の何に古びておぼろ月 | 蒼? |
白濱や鶴たつあとのおぼろ月 | 梅室 |
町ありく鹿の背高し朧月 | 雷夫 |
打波に音なき磯や朧月 | 吟江 |
梅ちりて故郷寒しおぼろ月 | 青羅 |
立ち出でゝ蕎麦屋の門の朧月 | 正岡子規 |
朧月狐に魚を取られけり | 正岡子規 |
くもりたる古鏡の如し朧月 | 高浜虚子 |
いとぐるま母が鳴らして朧月 | 福島小蕾 |
【鑑賞】
光陰は竹の一節蝸牛 阿部みどり女
「光陰」は移り行く時間のこと、竹の一節がかたつむりの時間の尺度ということであろう。
——-
*
かたつぶり、ででむし、でんでんむし、まいまい
【解説】
マイマイ科の陸で生きる巻貝。二本の角を出しながら木や竹の幹、葉の上などをゆっくりと這う。梅雨のころによく見られ、若葉を食して生きる。
【分類】
三夏・動物
【例句】
かたつぶり角ふりわけよ須磨明石 | 芭蕉 |
白露や角に目を持つかたつぶり | 嵐雪 |
ころころと笹こけ落ちし蝸牛 | 杉風 |
かたつぶりけさとも同じあり所 | 召波 |
夕月や大肌ぬいでかたつむり | 一茶 |
親と見え子と見ゆるありかたつぶり | 太祗 |
我むかし踏みつぶしたる蝸牛かな | 鬼貫 |
蝸牛や降りしらみては降り冥み | 阿波野青畝 |
光陰は竹の一節蝸牛 | 阿部みどり女 |
蝸牛たがひの音を聞き分けて | 鎌倉佐弓 |
昏れんとし幹の途中の蝸牛 | 桂信子 |
でで虫の葉に触れしよりうすみどり | 今井杏太郎 |
でで虫や昨日も今日も路地に雨 | 菖蒲あや |
青き夜の猫がころがす蝸牛 | 真鍋呉夫 |
かたつむりたましひ星にもらひけり | 成瀬櫻桃子 |
ちぢまれば広き天地ぞ蝸牛 | 正岡子規 |
幹下りて地這ふ梅雨の蝸牛 | 西山泊雲 |
朽臼をめぐりめぐるや蝸牛 | 西山泊雲 |
蝸牛やどこかに人の話し声 | 中村草田男 |
きざはしに日照雨すぎたる蝸牛 | 長谷川双魚 |
家建てて晩年が来て蝸牛 | 辻田克巳 |
力まずに過す余生や蝸牛 | 八谷きく |
かたつむり甲斐も信濃も雨の中 | 飯田龍太 |
一生の重き罪負ふ蝸牛 | 富安風生 |
蝸牛のあめつちあをし芭蕉林 | 飴山實 |
かたつむり汝も一齢加へしや | 片山由美子 |
蝸牛の角風吹きて曲りけり | 野見山朱鳥 |
木に草に雨明るしや蝸牛 | 長谷川櫂 |
薄日さす雨は楽しや蝸牛 | 小寺敬子 |
【鑑賞】
葉ざくらや白さ違へて塩・砂糖 片山由美子
色彩の俳句である。戸外にある葉桜の「緑」とキッチンにある塩・砂糖の「白」が、イメージの中で互いに照らしあい、涼やかなツートンカラーとなる。「白さ違へて塩・砂糖」というさりげない発見も楽しい。
——-
*
桜若葉、花は葉に
【解説】
花が散って葉だけになった桜のこと。
【分類】
初夏・植物
【例句】
葉ざくらや南良に二日の泊り客 | 蕪村 |
葉桜や碁気になりゆく南良の京 | 蕪村 |
葉桜や蓑きて通ふ湯治客 | 前田普羅 |
葉桜や忘れし傘を取りに来ず | 安住敦 |
葉ざくらの口さみしさを酒の粕 | 安東次男 |
葉桜や人に知られぬ昼あそび | 永井荷風 |
葉桜となり沖からは何も来ぬ | 鎌倉佐弓 |
葉桜の中に金星あらはれて | 岩田由美 |
葉桜に扉ビーンと響きけり | 久米正雄 |
三味線を弾いて供養の葉ざくらや | 久保田万太郎 |
葉桜にとかくの義理のつらきかな | 久保田万太郎 |
敦盛塚葉ざくら雫もて祓ふ | 山田みづえ |
葉桜としての量感得つつあり | 山田弘子 |
葉桜にてらてら風の光る朝 | 上村占魚 |
葉桜の影ひろがり来深まり来 | 星野立子 |
葉ざくらや盆のやうなる風の向き | 大木あまり |
葉桜の葉のひらめきや電車過ぐ | 島田青峰 |
葉桜の頃の電車は突つ走る | 波多野爽波 |
葉ざくらや白さ違へて塩・砂糖 | 片山由美子 |
葉桜を見遣るや清風湧くゆゑに | 野沢節子 |
葉桜やきのふにかはるくらしむき | 鈴木真砂女 |
葉桜や蕎麦屋でたのむ玉子焼 | 鈴木真砂女 |
葉桜や雪より白き吉野葛 | 長谷川櫂 |
葉桜のまぶしき雨を仰ぎけり | 高田正子 |
入道雲のこと。強い日差しを受けて発生する上昇気流により生まれる。巨大な山にみたてて「雲の峰」という。
——-
雲の峰ひとりの旅をつづけをり 大峯あきら
「雲の峰」と「旅人」の取合せ。よくある形かもしれないが、遠くまで来たんだなあ、というしみじみとしたものが感じられる。
しづかさや湖水の底の雲の峰 一茶
「湖水に映ゆる」ではなく「湖水の底の」である。ひんやりとした雲の峰。
旅に出ねばそれもあこがれ雲の峯 森澄雄
こちらは、何かの事情で旅に出られない。やはり「雲の峰」と「旅」の取合せ。
米喰はぬ日は怒りがち雲の峰 大木あまり
肉料理ばかりでは気性も荒くなるということか。「雲の峰」が怒りをなだめてくれるようである。
かつてここに堅田蕉門雲の峰 長谷川櫂
「雲の峰」という大いなる<空間>と「かつてここに」という<時間>の経過。バランスのよい俳句である。(m)