使ってみたい季語4 螢
「螢」を季語とした俳句は作りにくい、とよく聞きます。なじみの薄い季語や死語となっている季語なら作りにくいというのも理解できますが、螢は時期と場所を選べばかなりの確率で目にすることができるものです。比較的、人の生活圏に近い季語といえるでしょう。
でも、螢は作りにくい、なぜでしょう。考えられるのは螢の持っているイメージが濃厚であるということ。「螢」という季語のもつ、恋、死、はかなさ、うたかた、さびしさ、妖しさなどのイメージが強すぎて、「螢」と一字を置けば、何を語らずとも詩的イメージが完結してしまうともいえます。「螢」という季語の持つエキスが濃厚ゆえに、曖昧な描写を許さないということでしょうか。
では、どう表現すれば「螢」の濃厚さに打ち克つことができるのでしょう。句をいくつか見てみましょう。
草の葉を落つるより飛ぶ蛍かな 芭蕉
手の上に悲しく消ゆる蛍かな 去来
人殺す我かも知らず飛ぶ蛍 前田普羅
死なうかと囁かれしは蛍の夜 鈴木真砂女
ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜 桂信子
蛍火は闇に仏を彫るごとし 大串章
どの句も輪郭のはっきりとした句です。螢の濃厚さに負けぬためには、より彫りの深い描写を心がけることです。境涯を句にする場合は一般論におちいらないこと、普羅や真砂女の句のようにぐいっと自分にひきつけて詠みたいものです。
ちなみに、一般論といわれる表現をいくつか。
「父親とは寂しきものよ」
「故里は遠くて近し」
「原発の不安ぬぐへぬ」
「草笛を吹きしあのころ」
「平凡に過ぎ行く日々や」などなど。
(kinuta)
