香り
先日テレビをみていたら、微量の化学物質に反応し様々の症状に苦しむ人がいることを知った。
科学物質といわれるものの中には何気なく使用している芳香剤なども含まれるそうだ。いわれて見れば身の回りには洗剤や消臭剤など、不必要とも思えるほどの「香りづけ」があるのに驚いた。
幼稚園で金木犀の花の香りを、トイレの匂いといった子がいたそうだ。テレビのCMにはこの手の香りが山のように放映されている。忙しい世の中とはいえ、トイレはまめに掃除をすれば匂うものでもない。人工的な香りは度を過ごせば匂いとなる。「匂い」のうちなら良いが「匂う」となると大変だ。
花一つとっても、自然の香りには幽かなものが多くそれほど強いものはないように思える。若葉の匂いや水の匂い、稲の匂い、雨が近いころの少し湿った匂いなど俳句の材料になりそうなものが沢山ある。
日本には「香道」という文化もあり、香りに対しては高い意識があるをもっている。花は散り香りも消える、だからこそ気持ちが惹かれるのだろう。
「匂う」を通り越して「臭い」俳句などとは間違っても言われたくないものだ。
菊の香や奈良には古き仏たち 芭蕉
どの山のさくらの匂ひ桜餅 飴山實
(立)
