「貫禄」が「静か」というのはちょっとおかしいので、「牛の貫禄」で切れているのだろう。二行に分けて表記すると、
冷されて牛の貫禄
しずかなり
とういことになる。牛相撲の勝牛であろうか、大岩のような牛である。(m)

山桜とは仰ぎ見る花のこと 高田正子
断定の俳句である。「仰ぎ見る花のこと」と決め付けているが、勿論、そうでない山桜もある。「仰ぎ見ること多き花山桜」が偽りのないところなのだろうが、そんな回りくどい描写では俳句が腐ってしまう。断定することで俳句の鮮度があがる。俳句は生きのよさも大切である。(m)
赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐
教科書にも載っている有名な一句、上五が字余りになっているにもかかわらず、調べが美しいのは対句が効果をあげているからである。「対句」というのは、表現方法が同じ二つのフレーズであって、この句の場合は「赤い椿」と「白い椿」が対をなしている。ちょうど天秤ばかりの上で釣合っているようなおもむきである。俳句ではよく使われる対句、韻を整えるのにすぐれた表現方法である。(m)
それでは対句を駆使した句をいくつか。
一月の川一月の谷の中 飯田龍太(一月の川/一月の谷)
花に明けて花に暮ゆく一間かな 長谷川櫂(花に明けて/花に暮ゆく)
縁側の影紅梅も白梅も 高田正子(紅梅も/白梅も)
四半分白菜買うて肉買うて 山本しほ (白菜買うて/肉買うて)
月光に浮くも沈むも枯蓮 村上いと子(浮くも/沈むも)
一歩二歩あるけて三寒四温かな 田中えいこ(一歩二歩/三寒四温)
胎の子に腕の子に蹴られ春眠し 山内あかり(胎の子に/腕の子に)

紐のやう儚きものはバタフライ 丸谷才一
前書きに「ストリップを見学して」とある。してみるとこのバタフライは、ストリップ嬢の下半身の下着と言うことになる。下着のバタフライならば無季の句と解するのが妥当であるが、この句の「紐のやう儚きものは」下着ばかりでなく生き物の蝶にもかかってくる。したがって、季語は蝶、春の句ということになる。俳句に対する伸びやかな精神がうかがえる一句である。(m)