引き算
何年か生け花を教えている。「お花は引き算です、どの花も素敵だ綺麗だと入れると、ごちゃごちゃとしてすっきりとは見えませんから、どの花のどこを生かすか考えて下さい、それにはいらない枝や葉、あるいは花も切る必要があります。」と伝えている。
これは生け花に限った事ではない。先般テレビを見ていたら、味付けに自信のない主婦が登場し、市販のたれやドレッシングで冷蔵庫が一杯になり困っているとの相談が寄せられていた。その時の答えが、まさに引き算の発想。市販のものはそれだけで味が完成され、何かを足す余地が残っていない。つまりこの料理にはこのたれ、このドレッシングと決まっていて応用の範囲が極めて狭い。それならもっとシンプルな基本のたれを自分で作り、料理に応じて足してゆけば料理の幅が広がり基本のたれ一つで事が足りる。
服につけるアクセサリーにしても美しいからと手当たり次第につけたらみっともないばかりか、とんでもないセンスの悪い着こなしになってしまう。
この引き算の発想は俳句にも大切。言いたいことを全て言ってしまえば、読み手の思いが入る余地がない。句を読んだ当人はいいおせて満足かもしれないが読者は、「ああそうですか」と納得して終わりだ。芭蕉の言葉に「いいおおせて何かある」。というのがある。表現をしつくたとしても俳句にはならない。(立)
