カテゴリーアーカイブ: エッセイ
日脚伸ぶ
日暮れが一番早いのは冬至十日前ころといわれる。一年で一番日が短いのは冬至(正確には冬至の節入の日)であるから、なにやら矛盾しているようだが、冬至のころは夜明けが一番遅いため、一年で一番日が短いということになる。冬至に入る頃はほんの少しではあるが、日没が遅くなり始めている。
冬至を境にして、少しずつ日が長くなり、一月も終わりのころになると、ずいぶん日が長くなった、と感じるようになる。これが「日脚伸ぶ」という晩冬の季語、もう春が近いという気分に裏打ちされた季語である。
ひと〆の海苔の軽ろさや日脚伸ぶ 鈴木真砂女
日脚伸ぶただそれだけのことなれど 谷口忠男
一句目は、「海苔の軽ろさ」がそのまま心の軽ろさにつながり、「日脚伸ぶ」と響きあう。二句目は、「ただそれだけのことなれど」のあとに「心浮き立つことよ」が省略されていると読んでいい。どちらも春を待つ心がよく出ている俳句である。(m)
七種粥
一月七日の人日の節句に、七草を羹(あつもの)にしたり粥や雑炊に炊き込んで食べると一年の邪気を祓うとされたのが七種粥の始まり。春の草の香気と精気が、邪気に打ち克つとされたのだろう。正月のご馳走を食べすぎて弱った胃腸にもやさしい食べ物である。
春の七草は、芹、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)をいう。前日の六日に野に出てそれを摘み、その夜俎にのせてはやして、翌七日にいただくもの。しかし、そんなもの正月の時分に野に出て摘もうと思っても野は冬ざれの真っ最中、芽を見つけることさえ無理な話である。どうしても七日に七種粥を食したいのなら、パックにされたものをスーパーでもとめるしかない。
その季節に採れないものを、昔の人はなぜ食せといったのか、矛盾も甚だしい言い伝えではないか、ということになるが、昔は正月の時分にそれらの草々が採れていたから話はややこしい。明治五年に、従来の太陰太陽暦を廃して太陽暦を採用すると、季節がひと月から場合によってはふた月ほども遅くなってしまったのだ。それまでのあたたかな正月から、一転、寒の内の正月になってしまった。こうして、わたしたちは、七草の採れない時分に、スーパーで温室栽培の七種を買わされ、一年の邪気をはらうことになる。温室育ちの香気と精気、なんだか邪気に見透かされそうな七種粥である。(m)
詠むことは読むこと
青梅の蕨のエキス
青梅1kgを出汁醤油に漬けて一週間、かなり酸味の強い醤油が出来上がる。
これが「梅醤油(去年のもの)」、これを今年取れた蕨のおひたしと合わせようというのだ。
適当に切った蕨をタッパーに入れて、蕨の半分くらいの量の梅醤油を流し込む。蕨から水分が出てすぐにひたひたになる。半日くらいで食べ頃になるが、二週間くらいは保存がきく。
酒の肴にもご飯のおかずにも絶品であるが、蕨を食べたあとのつけ汁も利用できるからうれしい。
塩分控えめな食事を余儀なくされている私は、この特製醤油を冷奴や納豆に使っている。蕨のエキスを吸った、まろやかな酸味を持つ醤油が豆腐や納豆をおやっと思えるほど引き立ててくれる。
きのうはこの醤油を、つけ麺の汁でためしてみた。冷し中華の油分を抜いたような軽やかなつけ汁である。
味もさることながら健康にもいい梅・蕨醤油である。山の蕨が手に入る人はぜひお試しを。
間違いやすい季語⑪
十三夜
樋口一葉の小説の題にもなっている「十三夜」は十五夜の二日前の月とは違います。十五夜は旧暦の八月十五日の月ですが、十三夜は旧暦九月十三日の月を指します。十五夜の名月に対して「後の月」とも呼ばれます。中秋の名月を「芋名月」と呼ぶのに対して、後の月を「豆名月」「栗名月」と呼びます。
名月や池をめぐりて夜もすがら 芭蕉
後の月何か肴に湯気のもの 召波
(有)
間違いやすい季語⑩
間違いやすい季語⑨
温め酒(あたためざけ)
温め酒はお燗の程度さす季語と思っていないでしょうか。秋風が吹くころになって、人肌程度の燗をつけておいしくいただく、それが温め酒の本意ではありません。陰暦九月九日の重陽の節句に、酒を温めて飲むと病にかかることがないという言い伝えがあり、この日から酒は温めて飲むものとされていました。
温め酒肩を落せば老いにけり 草間時彦
嗜まねど温め酒はよき名なり 高浜虚子
(有)
間違いやすい季語⑧
星月夜
星月夜は星も月も出ている明るい夜という意味ではありません。月のない夜の星の輝きが、まるで月夜のように明るいという意味です。星のきらめきを讃えた華やかな季語なのです。
子は人の妻となりゆく星月夜 山田弘子
山山を覆ひし葛や星月夜 松本たかし
(有)
間違いやすい季語⑥
大暑
大暑は大いに暑いという意味ではありません。二十四節気の一つで、暦で言えば七月二十三日ころから八月七日ころまでの約十五日間が大暑です。立春前の「大寒(だいかん)」と対をなす季語が大暑と考えればいいでしょう。暑さが最も厳しいのが大暑のころですので、大いに暑いことと勘違いされやすい季語です。
念力のゆるめば死ぬる大暑かな 村上鬼城
なかんづく腎のあやしき大暑かな 草間時彦
(有)