年夜
嫁いできた年の暮れ、東京にいたときのようにお節を作った。黒豆は二日間、煮立たせないように湯の中で、豆が自ら蜜を吸ってふくらみ柔らかくなるのを待ち、百合根は裏ごしして栗の含め煮とあわせ金団に。八が頭はお出汁でことことと。牛蒡は少し濃い目の味付けで白胡麻をまぶし、人参は型で抜いて梅の花に、蒟蒻はくるりとねじる。出来上がった煮しめをお重につめるのも楽しい。
さあ、明日の準備万端というその夜、この新潟ではそのお重を持ち出し食べ始めたのだ。なんということ、実家ではせいぜいつまみ食いくらいで、お正月まで蓋を取ることは許されなかったのに。それでは明日の朝は何を食べるの。お正月早々食べるものがないじゃない!
ところが物の本によれば、本来一年の変わり目は大晦日の晩であって、この夜を「大年」とか「年越し」といって、この日に神様を迎えおまつりする。そのためにご馳走をつくり、そのおさがりを翌日雑煮としていただく。これが本来の年越のあり方らしい。とすれば、新潟には古い形での年越の習慣が残っていたということになる。いま頃になって、このようなことがわかったのも、俳句の功徳かもしれない。(立)
