うしろすがたのしぐれてゆくか 種田山頭火 大呂俳句会 投稿日:2020年11月11日 作成者: dvx223272020年11月11日 おそらくは、山頭火自身の後姿であろう。自分の後姿を自分が眺めているのである。自己憐憫もあるが、落ちてゆくことに不思議な安らぎもにじみでて、漂白とはかくあるものという一句である。(m)「季語 時雨(冬)」