大げさということ③
大寺を包みてわめく木の芽かな 高浜虚子
これは擬人法による大げさ、擬人法を使うと大げさになりやすいのだが、空々しい俳句にならなければ面白い試みでもある。
海に出て木枯帰るところなし 山口誓子
これも擬人法ぴたりときまった大げさ。海に出た木枯が途方に暮れている。
オノマトペ(擬音語・擬態語)による大げさも見逃せない。
がうがうと欅芽吹けり風の中 石田波郷
「がうがうと」は「轟々(ごうごう)と」であろう。広辞苑でひくと「轟々」は「とどろき響くさま」とある。句を一読すると、風が「とどろき響くさま」のような感じを受けるが、轟々と欅が芽吹く、というのが句意である。「欅芽吹くがうごうと鳴る風の中」では常識。「芽吹き」という静かな躍動感を「がうがうと」という大げさなオノマトペ(擬音語)でとらえた一句である。
残雪やがうがうと吹く松の風 村上鬼城
同じ「がうがう」でもこちらは風の音で分かりやすい。
露の玉蟻たぢたぢとなりにけり 川端茅舍
「たぢたぢ」が大げさな擬態語。
雉子の眸のかうかうとして売られけり 加藤楸邨
「かうかう」は目の光るさまの擬態語。
(m)
