おいしそうな秋の十句②
美しき栗鼠の歯形や一つ栗 前田普羅
栗鼠の歯形が美しいと言っただけで、美味しそうな栗を連想させるのが俳句の力だ。せっかく美味しい栗にありついたのに人間に邪魔され、栗を捨てて逃げたのだろか。人も動物も共存している豊かな山里、栗がまずい訳がない。
栗食むや若く悲しき背を曲げて 石田波郷
また雲に隠るる月や栗羊羹 葛西美津子
長兄は二歳の仏栗ごはん 成田千空
菊なます鍋島は藍佳かりけり 草間時彦
菊は色も歯ざわりも大切。鍋島の藍と言ったことによって菊の色がサッと頭をよぎる。もうそれだけで菊膾が美味しそうに感じられる。
唇のつめたさうれし菊膾 松根東洋城
ともかくも昭和を生きて菊膾 山本恭子
来し方はふりかへらざれ菊膾 鈴木真砂女
黒きまで紫深き葡萄かな 正岡子規
西瓜や栗などと比べると葡萄には何か静けさを感じる。「紫深き」という措辞に手のひらに余る程のずっしりとした巨峰の一房が目に浮かぶ。さながら秋そのものが静かに深まって行くようだ。
亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄 川端茅舎
朝刊を大きくひらき葡萄食ふ 石田波郷
一房の葡萄の重みてのひらに 西村和子