那智山中には滝が六十余りあるという。それらの多くは滝に籠って修行するための神聖な滝である。句に詠まれた滝は一の滝と呼ばれる大瀧であろう。高浜虚子が「神にませばまこと美はし那智の滝」と詠んだように、滝そのものが神である。それを、神の山に捧げているという。厳かな一句である。(m)
カテゴリーアーカイブ: 一句鑑賞
網棚に帽子の箱や麦の秋 長谷川櫂
新樹また新樹爪先立つやうに 土肥あき子
まいまい句会感想②
陽の方へ芍薬の紅ほぐれ初む くに
出来ている句だと思います。俳句の場合「陽」は「日」を使うほうが多いようです。参考http://gokoo.main.jp/?page_id=7758
陶椅子の絵柄たのしき若葉かな ひとみ
「絵柄」が少し気になりました。例えば「唐子あそべる」などとしても良いかなと思います。
釣自慢はや三膳目の豆の飯 さら紗
出来ているのですが、仮に「栗の飯」と置いても成り立ちます。
今日よりは夏の川なる光りかな あやめ
もっと深いところで俳句をとらえた方が良いと思います。それには良い句を沢山読んでください。形としては「今日よりは夏の光を○○川」。
香を放ち咲き崩れたる真夜の薔薇 ひろし
香りを放ちながら咲き崩れる真夜中の薔薇なのでしょうが少しくどい感じがします。焦点を絞って下さい。
手を離れ自由の旅へ立つ風船 森本哲雄
「自由の旅へ立つ」が言い過ぎです。例えば「手を離れ風船一つ青空へ」くらいで良いのですが、当たり前でつまらないと思ったら、その句は捨てもっと深く考えて一句にしてください。そこを考えるのが俳句です。
逍遥の風清清し五月来る 雅宏
少し只ごとでは?
(立)
まいまい句会感想①
踏みつけて空手着洗ふ若葉かな 百合
頂いた句です。空手着でもよいのですがあまり馴染みがない言葉なので、稽古事とかジーンズでも良いかも知れません。
老いて父筍飯の残る椀 輝久
言葉の順序としてここは「父老いて」とした方が落ち着きます。「椀」も不要です。
万病に効く十薬もお笑ひも いつせ
青葉騒軍靴の響き混じるやも いつせ
一張羅の声で老鶯宮参り いつせ
いつせさんの句の内容は理解できますが、表現の仕方が少し自分に引き付けすぎているように思います。
就活のスーツ溢れて街薄暑 葦たか
この欄でいつも言っていますが、「街」は場所の説明で不要です。
男手の文添へられてカーネーション かまか
「男手の文」が俳句を解りにくくしていると思います。ご主人でしょうか。男の子供さんでしょうか。
山車を曳くはやる若衆や青葉潮 くに
「青葉潮」をなににかえても俳句になります。これで満足するかもう一歩をめざすかここからが俳句ではないでしょうか。
(立)







