大げさということ④
直喩・隠喩の俳句は、意識しなくても大げさになりやすい。
新しき蚊帳板のごと吊られけり 高浜虚子
直喩の俳句である。「板のごと」が大げさな描写であるが、真新しい麻蚊帳の感触が念頭にあっての大げさである。季語である蚊帳の意味を十分に吟味した結果の「板のごと」である。
板の如き帯にさゝれぬ秋扇 杉田久女
これも直喩の俳句である。「板の如き」というやや大げさな直喩で固く締めた帯を表現している。
百方に借りあるごとし秋の暮 石塚友二
こちらは「秋の暮」の心もとなさを「百方に借りあるごとし」とやや大げさに描写する。
ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに 森澄雄
牡丹の花が持つ熱気をやや大げさに描写する。「やうに」が直喩。
わらんべのおぼるゝばかり初湯かな 飯田蛇笏
「おぼるゝばかり」が直喩でちょっと大げさ。
金剛の露ひとつぶや石の上 川端茅舍
こちらは暗喩の俳句、「金剛(ダイヤモンド)の露」が思い切った描写である。
水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼
「水枕」イコール「寒い海」という暗喩である。「寒い海」が大胆である。
大げさに詠むということは俳句では大切なこと。ちょっとだけ大げさに表現することで、焦点が鮮明になったり、動きのない俳句に躍動感をもたらしたりする。「大げさ」を念頭に置いて過去の句を推敲してみることも面白い。
(m)
