大げさということ①
似顔絵風に一か所を誇張して詠んだり(デフォルメ)、必要以上に驚いて見せたり、見てきたような嘘を平然と言ってのけたり、実社会では顰蹙を買う大ぼらでも、こと俳句となればそれが鑑賞する側に強い印象を与えてくれることになる。
大げさな描写の作品をいくつか見ながら、どうしたら本当のような大ぼらが表現できるのか考えてみたい。大げさな表現で大切なことはこの「本当のような」ということに尽きる。
村ぢゆうの畦あらはるる雪解かな 長谷川櫂
「村ぢゆうの」が大風呂敷な表現。雪解のころの浮き立つ気分をよくあらわしている。この句で何を大げさに描写しているかと言えば、「村ぢゆう」という空間である。厳密にいえば、まだ雪に隠れている畦もあるのだろう。「村ぢゆう」がすなわち俳句の勢いである。
植木屋が広げて行きぬ夏の空 榎本りの
この句も空間をちょっと大げさに描写する。もともと広い空をさらに広げていった植木屋、晴れ晴れとした夏空が広がる。
山も庭に動き入るるや夏座敷 芭蕉
間近にある山を庭に入れた、という俳句。これも空間の大げさである。かぶさるように迫る山なのだろう。
(m)
