おいしそうな秋の十句①
ぎんなんをむいてひすいをたなごころ 森澄雄
ぎんなんは皮を除き火を通すと透明感を増し、まさに翡翠のような美しい緑になる。焼いて塩をまぶせばむっちりとして、酒の肴に最適。ぽつりぽつりと薄皮をむいては盃を口に運ぶ。その絶妙の間がご馳走だ。
銀杏を焼きてもてなすまだぬくし 星野立子
銀杏剥くあつちあつちといひながら 長谷川櫂
ぎんなん焼き夜の怒濤を聞きをれり 太田一陽
秋刀魚焼く煙の中の妻を見に 山口誓子
焼き魚に煙りは付きもの。ことに脂ののった魚は煙りが立ちやすい。煙の中といっただけで秋刀魚の美味しさが十分に伝わってくる。今では見られないと思うが、たぶん七輪でも持ち出して外で焼いているのだろう。食卓は全て用意が整いあとは焼きたての秋刀魚を待つばかりだ。
ことしまた秋刀魚を焼いてゐたりけり 今井杏太郎
全長に回りたる火の秋刀魚かな 鷹羽狩行
火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり 秋元不死男
新蕎麦や熊野へつづく吉野山 許六
昔は米を作るには向かない荒地に蕎麦を栽培した。吉野から熊野は山が迫り、稲作の
出来る土地は少ない。その山の荒地を耕して僅かばかりの畑に蕎麦をまく。得てして作物は山手で栽培した方が収穫率は低いが美味しいようだ。朝晩の山の冷気がうまい蕎麦を育てる。
新蕎麦に猿聞く山の夕かな 也有
新蕎麦やむぐらの宿の根來椀 蕪村
新そばをさも清らかに打つことよ 長谷川櫂
(立)