しーん
テレビを見ていたら、日本語を学ぶ外国人にとって、擬音語がなかなか難しいというような会話があった。中でも、音がないのに「しーん」というのはどうしても理解できないらしい。「しーん」は擬音語というより擬態語であろうから音をあらわしている言葉とは少し違うが、理解できないニュアンスもわからないわけではない。この「しーん」は、日本人にしか聞こえない「しーん」ではないのか、それがテレビの結論で、なるほど繊細な日本人の感性ならではの「しーん」だったのかと感心することしきり、芭蕉が、奥の細道の山寺で「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と詠んで、あのにぎやかな蝉の声から「閑か」という宇宙を得たように、「しーん」とした心は俳句を詠むうえでも大切なのかもしれない(「大呂」編集後記より)
