煮凝や深閑として鍋一つ 長谷川櫂 大呂俳句会 投稿日:2016年12月28日 作成者: dvx223272016年12月28日 「深閑として」であるから、重い鉄鍋か銅の鍋というところ。昔はそんな鍋を穴のあくまで使い続けた。穴が開けば鋳掛屋に穴をふさいでもらってなおも使い続ける、そんな「鍋一つ」である。(m)