写生
高々と枯れ了せたる芒かな
俳句写生論を唱えた虚子の句である。芒が枯れた様子を句にしたものだが、ちょっと俳句に手を染めた人なら、このくらいはできそうと思わせる句だ。俳句を学んですぐの頃「俳句は素直に見たままをいいなさい」と言われた人もおおいと思う。では見たままの俳句と、虚子の句とどこが違うのだろう。少し俳句を学べば、「高々と枯れきってゐる芒かな」「青空に芒の枯れて高々と」くらいは作れるかもしれない。ところがこの句で動かせない言葉が、「了せたる」である。この「了せたる」が、芒を始めとして、多くの命あるものが、その命を全うしきった安らかな充実感に満ち、さらには天地の運行にまで及ぶ思いを起こさせる力なのである。写生でありながら写生でない、ここが俳句と、俳句に近い俳句との大きな差ではないだろうか。このたった五文字が俳句の何たるかを決定づける。そこに気がつき言葉を探しに言葉の海に乗り出すのである。そして、その五文字が見つかった時、ジグソウパルズの最後の一ピースがはまった瞬間のような達成感を持つ事ができる。もちろん途中で暗礁に乗り上げ、挫折する時もあるのだが・・・(立)

