笊

この春一番の山葵を頂いた。日当たりの良い所から積んできた山葵はまだ小さく、蕾はさ緑色だ。わさびには何だか申し訳ないようであるが、まことに嬉しい初物である。
山菜はおおむね泥や枯葉などで汚れているものだが、頂戴したものは、綺麗に洗ってあり、枯葉も泥もなく痛んだ葉もとりさってあった。丁寧な仕事振りがあり難い。根は摩り下ろし、葉も茎も全て刻みたっぷりの塩で良く揉む。山のような山葵を刻んで笊に入れようとした時、はたと気がついた。大笊がない。家族の構成が変わり、必要のなくなった大笊は処分したのだ。仕方なく20センチ程の笊で間に合わすが、刻んだ葉を揉む際に力が入らない。山と刻んだ山葵を何度も小さな笊に入れ、塩で揉んでアクをとる作業を繰り返した。
独り暮しになって大家を切り盛りする必要のなくなった安堵感と淋しさは手が覚えている感覚によって、鮮明に甦る。不便を押しての山葵漬が出来あった。鼻につんと来るのは山葵の辛さのせいだけではないようだ。(立)
