うづくまる薬の下の寒さかな 丈草

芭蕉が亡くなったのは大阪御堂前の花屋仁右衛門宅。元禄七年の旧暦十月である。句は芭蕉の死の前日に夜伽(看病)の題詠として詠まれたものとされる。「うづくまる」は、薬の煎じ加減を見ているところか。「薬の下(もと)」が難しいが、「夜伽」をより象徴的に表現したとみていい。「丈草できたり」と病床の芭蕉に誉められた一句。敬愛する師が死ぬかもしれないという、空しく絶望的な寒さである。『枯尾花』(きぬた)


芭蕉が亡くなったのは大阪御堂前の花屋仁右衛門宅。元禄七年の旧暦十月である。句は芭蕉の死の前日に夜伽(看病)の題詠として詠まれたものとされる。「うづくまる」は、薬の煎じ加減を見ているところか。「薬の下(もと)」が難しいが、「夜伽」をより象徴的に表現したとみていい。「丈草できたり」と病床の芭蕉に誉められた一句。敬愛する師が死ぬかもしれないという、空しく絶望的な寒さである。『枯尾花』(きぬた)