蚊帳
祖母が蚊帳を用意し始めると、わくわくしたものだ。
青い大きな蚊帳は海のようで、広げるそばから飛び込んでは祖母に叱られた。弟と二人、吊るした蚊帳へ海底の洞窟を探検する気分で入った。蚊帳の中は深い海のようで、電気の紐がゆらゆらと昆布のように揺れている。いやあれは水母だなどと探検気分に浸っているうちにいつの間にか眠っていた。そんな日は何故だかぐっすりと眠れた。
翌朝は、畳んだ蚊帳で弟を簀巻きにし転がして遊んでいると、また祖母に叱られた。
大人になり「蚊帳は花嫁道具になるくらい大事なものだった」ということを祖母から聞いた。
わずかばかりの借地で麻を作りそれを糸にする。それは経験した者でないとわからない大変な作業で、紡いだ糸をさらに蚊帳に編んでゆく。昔は家事・炊事・畑仕事の傍ら夜なべをして何年もかけて仕上げたそうだ。だから火事があると、一目散に蚊帳を持って逃げるのだと。
当時の蚊帳は無くなって久しい。何も知らずに無邪気に遊んでいた子供の頃を思うと祖母に申し訳ないような気分になる。
蚊帳も含め多くの物は失くしてから大事なものだと気付くようだ。(智子)
