ネット句会感想
木蓮の花あをざめし夕べかな りつ
純白の花びらに、青の印象を重ね合わせた一句。虚子の「白牡丹といふといへども紅ほのか」に通じる。
山吹の導くままに地蔵堂 千吉
山吹は導かない。「山吹の花に添うてや地蔵堂」
散り急ぐ花の乱れや風の道 風花
「散り急ぐ」も「花の乱れ」も同じような意味。「風の道」がさらにそれを理屈づける。秋桜子の「啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々」のように読みたい。「○○に花散り急ぐ大伽藍」たとえば「天空へ花散り急ぐ大伽藍」
川に沿ふ道うねうねと雨蛙 みいこ
下五に「蛙かな」と置きたい。「川に沿ふ道うねうねと蛙かな」「うねうねと川に沿ひゆく蛙かな」もちろん、川に沿いゆくのは作者。
白木蓮耀く村を通りけり 風花
どんな風に、何が輝いているのかが大切。白木蓮が輝いているのなら、「高々と白木蓮のかがよへる」そうでないのなら、「白木蓮村ぢゆうの水かがよへる」
その中に教会ひとつ麦の秋 みづほ
「麦の秋」は時候。本来なら「その中に教会ひとつ麦畑」でなければならないのだが、「麦の秋」の方が句としては雰囲気があるから俳句は不思議。
もやもやと年寄遊ぶ桜かな しをり
「もやもや」がよくない。年寄を讃え、桜を讃えるのが俳句。「八十の男女あそべる桜かな」
麦の秋遠く聞こゆる暮の鐘 ひろし
「暮の鐘」があいまい。「梵鐘の遠く響ける麦の秋」
大粒の雨がこぼれて朴の花 みづほ
急に湧いてきた黒雲、一滴の大粒の雨が頬を打つ。
筍や由緒正しき越境者 風花
「由緒正しき越境者」が意味不明。「隣の家の筍が塀を越えて生えてきた」と斟酌できないわけでもないが、俳句は人に考えさせてはだめ、一読すっと頭に入る俳句を。
炊きたての飯かがやける立夏かな 百合
「飯かがやける」がおもしろい。
その重み小枝傾ぐや玉椿 しをり
もっと整理したいところ。「よべの雨枝たはませて玉椿」
きらきらと水は光りて雲雀かな りつ
「きらきらと水は光りて」に一工夫。「きらきらと水急ぎゆく雲雀かな」もっといい季語はないか?
なみなみと水をたたへて代田かな みいこ
「なみなみ水をたたへて」が安易。「どこそこの水をたたへて代田かな」「月山」とか「白山」とか。「たたへて」は、「称えて」でも「湛えて」でもOK。
(kinuta)
