使ってみたい季語1 亀鳴く
亀は実際には鳴かないが、「亀鳴く」は俳句の季語として古くから親しまれている。その典拠は『夫木和歌集』にある藤原為家の歌、「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」とされる。為家がそのとき聞いた声が実際には何だったのか気になるところではあるが、春の夕闇どきに川の中から聞こえてくる不思議な声を「亀の鳴声」に見立てたのは遊び心であったろう。俳諧の「諧」は諧謔の諧、俳句という文芸は「おどけ」や「戯れ」の一面も持つ。「亀鳴く」はそのことをよくあらわしている季語といえよう。
亀鳴くはきこえて鑑真和上かな 森澄雄
悟りも極めれば亀の鳴き声が聞こえる。
亀鳴くを聞きたくて長生きをせり 桂信子
悟ることのできないのは人のさだめ。たいていの人はもうちょっとというところで聞けずにあの世へ旅立つ。
亀鳴くを信じてゐたし死ぬるまで 能村登四郎
聞けなければ信じるしかない。
(m)