抱きても泣き背負うても泣く児後の月 以と
わざと破調にする句もありますが、この句の場合はリズムを整えたほうが良いのではないでしょうか。「抱きても負うても泣く子後の月」
ちちろ鳴く厨すみかの居候 照代
居候までは少し言い過ぎの感じがします。例えば「今宵また厨のすみにちちろ鳴く」など。
老いが来て一歩一歩が一里塚 知孝爺
意味はわかりますが、「老いが来て」はストレート過ぎるように思います。「露の世や」などもう少し考えてみてはいかがでしょう。
(立)

抱きても泣き背負うても泣く児後の月 以と
わざと破調にする句もありますが、この句の場合はリズムを整えたほうが良いのではないでしょうか。「抱きても負うても泣く子後の月」
ちちろ鳴く厨すみかの居候 照代
居候までは少し言い過ぎの感じがします。例えば「今宵また厨のすみにちちろ鳴く」など。
老いが来て一歩一歩が一里塚 知孝爺
意味はわかりますが、「老いが来て」はストレート過ぎるように思います。「露の世や」などもう少し考えてみてはいかがでしょう。
(立)
この齢まこと尊し菊日和 いくよ
点が入っている句ですが、「この齢」が自分の事でないとすると人様に対して失礼な言い方では?また自分の事であれば自画自賛のようにも思えます。
枝豆を箸置きにしてひとり酒 こうせい
季語が少し付きすぎの感じがします。もう少し離した方が句の世界が広がるのではないでしょうか?
書を習ふ窓の外には豊の秋 さび猫
「窓の外」はいらないと思います。
(立)
廃線の鉄路の撓む酷暑かな こうせい
酷暑だから鉄路が撓むと季語が説明に使われているように思います。
夏雲を崩して亀は泥の中 さび猫
水に映った雲を詠んだ句は沢山あるのではないでしょうか。
赤土のけもの道より秋に入る せつこ
赤土が少し不自然な感じがしました。
花立てに小花と庭の鬼灯を マサ女
このままでは報告の句だと思います。
(立)
路地裏に抜ける海風釣忍 こうせい
わかりやすく、出来ている句なので点が沢山入っています。「路地裏に」より「路地裏を」とした方が良いのではないでしょうか。「に」と「を」の違いに気づく事は大切です。
スニーカー流れにトマト置きにけり すずめ
「流れにトマト置きにけり」は良いのですが、なぜスニーカーがでてくるのかよくわかりません。
着ぐるみの正体見たりソーダ水 デラシネ
面白いところをとらえていると思いますが、「着ぐるみ脱いで」で良いと思います。
(立)
祭浴衣吾子は初めて紅を引き あつこ
季語もあり俳句のかたちにはなっているのですが、祭り浴衣を着て子供が初めてお化粧をしましたと言う報告に終っています。言い過ぎの感じもします。
するすると奈落滑るや蟻地獄 あつこ
「するすると奈落滑る」の「するする」が適切かどうか。「音もなく奈落の底へ」
黄昏や代田の黙の薄明り こうせい
「代田の黙」が言い過ぎだとおもいます。
(立)
相傘の思い出一つ梅雨入りかな 青水
田仕事のせかるる今日の走り梅雨 石下文子
季語はもっと離したほうが良いと思います。
人の住む灯しを浮かべ植田かな 百合
掴まりてバスの吊り輪や汗にじむ 豊依子
「人の住む」「掴まりて」が説明では。
淡墨で描きし円の涼しさよ 茂樹
頂いた句ですが「淡墨」は考えものではないでしょうか?「一筆」「一気に」など
(立)
昭和の日本堂で聴くモーツァルト あつこ
意味はわかりますがなぜ本堂なのでしょうか。戦争の法要でも済ませた後なのしょうか?
霾や広々として多摩の空 あつこ
「広々として多摩の空」これを生かす季語を何かを考える事が大切だと思います。
ぼうたんのとどめとなりし昨夜の雨 いくよ
「とどめとなりし」がいい足りていないように思います。
蹄鉄の音軽やかや風光る こうせい
季語の「風光る」を上五に置いた方が軽やかな感じになるのでは。
(立)
東風吹かば洗濯物の影をどる くらっ太
概ね風とあれば吹くは不要。花とあれば咲くは不要。東風が思わせぶりに感じます。春風で十分だと思います。
あたたかや補助輪外す親子連 こうせい
親子連が説明ではないでしょうか。
如月の夕べ仄かに山家の灯 さび猫
雰囲気だけで終わっているようです。「如月」でも「夜の秋」でも何でも有りになってしまいます。
春遅遅と戦地の雪は降りやまず すずめ
季語はもっと離してつけたほうがよいと思います。戦地であろうと何処であろうと雪降りやまずと「春遅遅」はないと思います。
(立)
くしゃみして老いたる母の眼のうるむ 諸子
霜降りて朴葉肋骨白く浮き 諸子
小雪降り塀の上なり雪仏 諸子
一句目の「くしゃみして」の「して」二句目「霜降りて」の「降りて」小雪降りの「降りて」は前にも書かせて頂きましたが、○○してという述べ方は間延びした表現で条件付けの感じになります。一句目二句目は「大くしゃみ」「霜降や」と置き換えられますし、小雪にいたっては雪の傍題が沢山あるのではないでしょうか。
パン種のふくらみ遅々と余寒なほ あつこ
寒いのでパン種がなかなか膨らんでこないという因果関係で成り立っているのではないでしょうか。違う季語を付けたほうがよいと思います。
教会のミモザのシャワー浴びにけり こうせい
ミモザのシャワーは作者の工夫したところだと思いますが、俳句はくどくど述べないことが大切。例えば「日曜のミサ金色のミモザかな」くらいに留めていてもよいのでは?
(立)