烏羽玉てふ京都の菓子に炭火美し ひとみ
観光俳句のように感じます。
加減よき塩得て旨し銀杏や のび太
当たり前では。
熟れ柿を突き抜けてゐる陽射しかな萬幸
「突き抜けてゐる」がどうでしょうか?意見の分かれるところだと思います。
柔らかに老を目覚ますシクラメン 冬すみれ
よくわからない句です。
運動器具並べ古リし障子の間 冬すみれ
縁側に室咲入れて安堵かな 冬すみれ
単なる報告の句ではないでしょうか。
(立)
烏羽玉てふ京都の菓子に炭火美し ひとみ
観光俳句のように感じます。
加減よき塩得て旨し銀杏や のび太
当たり前では。
熟れ柿を突き抜けてゐる陽射しかな萬幸
「突き抜けてゐる」がどうでしょうか?意見の分かれるところだと思います。
柔らかに老を目覚ますシクラメン 冬すみれ
よくわからない句です。
運動器具並べ古リし障子の間 冬すみれ
縁側に室咲入れて安堵かな 冬すみれ
単なる報告の句ではないでしょうか。
(立)
オリオン座小鍋で入れるミルクティー 杳杳
それなりに出来ている句だとおもいますが、類想があると思います。
色たがへ庭に咲きたる冬椿 茂樹
「赤い椿白い椿と落ちにけり」河東碧梧桐という句があります。「庭に咲きたる」の庭が不要な事に気がつくべきではないでしょうか。また、咲くではなく落ちる方に焦点がいっていることも大切です。確かに椿は咲くより落ちている姿が印象深く椿の花の実態に迫っていると思います。まいまい句会では多くの方が述べすぎているように思います。不要な言葉を省き、それがただ事なら捨てるべきですし、何を言いたいのかじっくり考えそれを俳句にすることが重要だと思います。
動かねば凍ってきてる作業靴 秋ひろ
「凍ってきてる」より「凍ってきたる」のほうがよいのではないでしょうか。
山の葉の色づく先のむかごかな 一竿子
「色づく先のむかごかな」がとても面白いと思いましたが、「山の葉」がもう少し考えたいところではないでしょうか。
(立)
山を降り足湯に浸り年惜しむ 遊心
何から何まで述べてしまった句ではないでしょうか。読者は登山の報告を受けた気がします。
すきま風灯揺らし影踊る 遊心
この句も隙間風が影を揺らしました。ただ事のような気がします。
看板は右書き屋号注連飾る 凡士
「看板は右書き屋号」がくどくどとした表現だと思います。屋号を看板にしている事を述べたいのか、右書きをのべたいのか、焦点を絞る事が大切。「右書きの大看板や注連飾る」など。
蔓引いて残せし杭に会ひにけり いくよ
意味がわかりませんでした。
(立)
おふくろと呼ぶ子帰らぬ歳用意 笑子
意味はわかりますが、「呼ぶ子帰らぬ」が誤解を招く表現のように思います。帰省しない子でしょうか?
熱の子の息確かめつ寒夜かな 笑子
「確かめる寒夜かな」だと思いますが、ただ事では?
ゲルニカの絵見終えてや蓮の骨 諸子
ゲルニカの絵と季語が理屈でつながっているように思います。また単にゲルニカの絵を見てでは報告ではないでしょうか。例えば「ゲルニカや」と置いて「散らばっている蓮の骨」とするなど工夫しても理屈の句だと思います。
シナトラの甘き囁き聖夜かな 暦文
点が入っている句ですが、「シナトラの甘き囁き」が常套では?
(立)
大鷲来てびわ湖の空の引き締まる 青水
「大鷲来て」の来てが全く不要の言葉。おまけに字余り。「大鷲にびわ湖の空の引き締まる」
世界には飢餓の民あり冬苺 森本哲雄
理屈で成り立っている句だと思います。
返り花約束もなく今年また 弓楽
「約束もなく」とするより約束したようにとした方が良いのでは?
冬浪の巌に砕け日本海 雅宏
参考までに「冬濤のつかみのぼれる巌かな」橋本鶏二があります。
(立)